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終戦記念日を前に

65年の歳月が過ぎ、戦争の悲惨な情景が風化される中、NHKで「証言記録 兵士たちの戦争」という番組が放送されていたので視聴した。

硫黄島での戦いは、映画化されたことや日本軍の死傷者より、アメリカ軍の死傷者が上回った唯一の戦場であることから、記憶に残っていることも多いと感じているが、ガダルカナル島での死闘では、連合軍との戦いを行うこと以外に、想像を絶するようなことがおきていたことを初めて気がつき、何とも言い表せない心境に陥った。硫黄島

ガダルカナル島での死闘は太平洋戦争の激戦区の一つであるが、他の戦場と違った特徴は、下記のとおりである。

 ・初の地上戦闘であったこと
 ・占領した場所を奪還されてしまい、初めて撤退を行ったこと
 ・6ヶ月という長期戦であったこと
 ・そして最後に戦死者2万余りのうち、4分の3が餓死か栄養失調による病死であること

特に4つ目の特徴が印象深いが、書物には、『餓島』という言葉でまとめている。

日本からの距離はおおよそ6,000キロ。島に上陸するアメリカ軍は、2,000もしくは15,000とも言われていたが、最終判断は、2,000と判断し、900名の部隊を送り込んだと記載されている。しかも武器は、機関銃と小銃だけ。

一夜のうちに全滅。その後、数回に分かれ30,000余りの兵員が送り込まれるが、武器、弾薬、食糧を積んだ輸送船がまともに到着したことがなかった。
兵員が到着しても戦略がなく、上陸後10日ほどで飢えはじめ、戦うことなど出来ない状態になった。


この状況は、この島でのある一面であるが、この後、数ヶ月の飢餓状況が続く。
想像出来ないような心理状態であり、現在では考えられないような情景である。ガダルカナル


被爆国として唯一の国であり、その悲惨さを後世に伝えていく義務は当然であるが、戦いとは別に、飢餓や病気等、他の状況でも苦しみを味わうことも同時に伝えていく必要があると心から痛感した。

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